京都府西舞鶴:朝代遊郭6「千野宮神社」


遊郭区画の中に「千野宮神社」があります。
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もっと近づいてみましょう。
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神社に来た意味はというと…。
玉垣に刻まれた寄進の名前を見るためです。
柱には

昭和三十年九月再建

とあります。何らかの理由で再建されたんですね。

昭和30年ですから昭和33年に施行される売春防止法以前という事になります。
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では順番に見ていきましょう…。
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左から…

  • いろは
  • 君の家
  • 天橋楼
  • 一文字
  • 久代呉服店

「天橋楼」はビンゴですね。他の屋号も妓楼でしょうか?小さな飲み屋などでは寄付額も知れているでしょうし、玉垣に彫られる程度の寄進だとすれば、やはりそれなりの財力が必要と思われます。

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  • やまもと呉服店
  • ×み家
  • 紅春楼
  • ×田甚×(個人名?)
  • 国の家

こちらも紅春楼がヒットしました。

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  • 朝代貸座敷組合
  • 藤ひさ
  • 中徳
  • 朝代藝妓一同

「朝代貸座敷組合」、「朝代藝(芸)妓一同」
芸妓が純粋な芸者なのか娼妓指すのか興味があります。混在かもしれませんね。

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  • 志摩呉服店
  • 霞月楼
  • 胡蝶
  • 三島家

「霞月楼」とな…?!これで先の投稿に登場した霞月旅館が元妓楼であった事が証明されましたね。
胡蝶という名も艶っぽいですね。

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  • ×原飲食店
  • 音羽旅館
  • 笹本自転車店

いやいや。妓楼の名前がバッチリ残っていますね。消えかかっている文字も多いので、是非何らかの保存・記録をして頂きたいです。

神社の区画に石碑もあります。

昭和二十八年九月十三號颱風に依り裏山の土砂崩壊
一瞬にして堂宇と神前の玉垣を壊滅す
依って昭和参拾年拾月有志者の浄財寄進を仰ぎ再建す

と由来が書いてありました。土砂崩れのために再建したんですね。
寄進者の記録は玉垣のそれより多いようです。調べる前に力尽きました…。
高解像度を載せておきますのでご興味があればどうぞ。
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