紀行文:北海道・函館赤線跡を歩く(その2)


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気がつけば、ババアと娘の三人でビールを呑んでいた。

3人で呑むことになる5時間前の22時に青森を出発した「急行はまなす」が、ここ函館に着いたのは、既に日を跨いだ翌1時だった。

駅に降り立つと、青森で感じた9月の涼しさは、函館の寒さとなっていた。

前もって調べていた通り、駅から5分程度のところにスナック街がある。

小さなクランクの角には質屋があり、その先に人の気配がする。
緊張はしていたが、覚悟を決めて首から上が先を進むような格好で前に進む。

居た。
パイプイスに腰を下ろした遣り手ババアが居た。膝まであるスポーツ観戦用のダウンコートを着ている。

寒いからともかく中へ入れ、と言う。覗くと石油ストーブがある。9月でストーブを使っておかしくない寒さなのだな、と頭の片隅で妙な関心しつつ、入ったら、出づらくなることは分かっていたから、すぐにチェックインすることを理由に固辞した。

遊ばない客であることを伝えて、立ち話を始めた。

色々聞いた。
置屋として囲っている店は2,3軒であること。
女性は店側で共有しており客のオーダーに沿ってキャスティングしていること。
旅館として機能していた家屋は、ヤクザ屋さん経営だったため、一年ほど前にサツ(こう呼ぶのを聞いて、やはり堅気じゃない、と感じた。)のガサ(同上)があったこと。
サツはヤクザ屋さんが絡むと徹底的に潰すこと。反面、絡まなければさほどの干渉は無いこと。

話が尽きてきたのでその場を離れた。

一旦、ホテルにチェックインしたものの、立ち話をしたババアとの会話が興味深いことばかりで頭を離れない。
時刻は2時を回ろうとしており、明日も早いので迷ったが、もう一度出掛けることにした。

ババアは外回りから内仕事になっていた。
今度は飲みに来たことを告げ、中に入った。

玄関正面に朱塗りの階段がある。後で聞いたところによると、この家屋は元旅館だったという。朱塗りの階段を備えた堅気の旅館などあり得ないから、元から赤線旅館だったということだろう。

階段の途中で板を張り、二階への出入りを塞いでいる。

聞けば、二階の部屋を提供すると警察のガサ入れがあるのだという。

部屋を塞いでいれば、スナックの女性と客が外に出かけて行っただけのことで、その先は店側としては関知してませんよ…、ということだろう。

室内は2坪ほどの狭いカウンター形式だった。ヘタれた盛大なシミのあるスツールが5つ。

値段が分からないままビールを頼む。
ババアは明るい室内で見ると、おそらく65前後で(地方の老い方なら、実年齢はもう少し下かもしれない)、かつては美人であったろうと思える目鼻立ちだった。眉は眉頭で直線的に折れており、キリとしている。
目は瞳の輪郭が白眼との境界がくっきりとしており目線はその先に突き刺さるようだった。足が不自由なのか引き摺る仕草がある。足が悪いからこの稼業なのか、この稼業をして足を痛めたのか…いずれだろう?

ババアと雑談をしながら2人でビールを呑んでいると、20代前半の女性が入ってきた。それを迎えるババア。

これが先ほど、ババアが自分に薦めてきた女性なのか。

もっと病んだ雰囲気を想像していたのだが、露出が多めの服を着ている他、見た目はどこにでもいる女性であった。

強いて言うと、登校拒否や無断欠勤的な雰囲気はある。ここで働いているからには、正規風俗では働けない理由があるのだろう。

24才。聞くと留萌出身であるという。「田舎だから…」と言って薄く笑った。
猫を気に掛け、可愛がっている。

ババアと自分だけ呑んでいることに気づき、女性に何か飲み物を勧める。

遠慮がちにコーヒーと言い、ババアは冷蔵庫からジョージアエメラルドマウンテンを取り出す。

何度もお礼を言いながら口に運ぶ姿が印象的だった。

そのお礼も含めて、話す時は敬語の混じった「…ッス」という語尾になる。「仕事」から離れれば、まだ娘だった。

純粋な客ではないから、しなを作る必要はない。とはいえタメ口もおかしいので、バイトの年上に話すような口ぶりになったのかもしれない。

そんなことを考えながら、テレビに視線を向けると、NHKの新日本紀行でSL特集が流れている。

ババアは五戸出身であり、昔、故郷に帰る時に乗るSLは遅いし煙で汚れるしと、懐かしそうに語り出した。
弟が五戸にいるとも言った。
ババア、娘と話し、存外だったのは、割合抵抗なく過去を語ることだった。
娘にせよ、ババアにせよ、過去を無理に押しやっている感がない。
吉原の路地裏で見かけた女性たちと違い、健康的で表情も明るかった。

所詮、罪の重さを決めるのも自分自身で、罪を感じなければ罪にならない。それだけのことかもしれないな、と思った。

規範なり倫理は、そのルールを知らない者との共生を必要とする社会おいて、後天的に生まれるか、もしくは明示化されるだけに過ぎ無いのではないか。

その考えは、時に人への失望、不遜に繋がりやすく、甘い毒となることも知っていた。

ただ、田舎という閉鎖的な空間なら、暗黙のルールや土着の倫理観が、今なお醸成され続けていてもおかしくは無いな、と感じた。

ビールが無くなりつつあり、辞する時間が近づいてきた。明日はもっと北を目指す旅の途中だったため、2本目を空ける気はなかった。

ババア、娘、自分。この三人で時間を共有できたことが、いつの間にか、えも言われぬ感慨となっていた。

ババアと娘は、こちらが想像するよりも凡とした何らかの過去があり、何かを考え、朱塗り階段のある家屋で商売をし、稼いだ金と、昼夜逆転した時間を何かに費やし、自分の知らない誰かの人生と交差する。それは自分が来る前もそうであり、来た後も続く。

帰ろう。

ビールと缶コーヒーに1500円を払う。

明日また来るかもしれないよ、とお愛想とも嘘とも言えぬ言葉を掛けて外に出た。明日の予定はまだ組んでいなかったから、嘘のつもりはないが、結果的には嘘になるだろう。

ババアと娘は、今一緒にビールを呑み缶コーヒーを奢ってくれた客は、女を買いこそしなかったが、嘘をつく凡とした人間であり、決して善ではない。自分たちと変わらない。そう知って、ババアと娘は安心したのではないだろうか…そう思うと、自分の気が少し慰められた。

おわり。

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「紀行文:北海道・函館赤線跡を歩く(その2)」への2件のフィードバック

  1. いつもTwitterでの書き込み拝見しております。
    ブログでならではの心象、情景の描写にうなりながら読ませてもらいました。
    精力的なフィールドワークにいつも頭が下がります。
    これからも18きっぷヘビーユーザー(この乗車中のツイートも好き)で回られるんでしょうね〜(^-^)/

  2. spritefantaさん
    こんにちは。
    twitterでもいつもありがとうございます!
    なにやら身体がこそばゆくなります…笑

    写真も絵も結局は素人なので、
    その分、情報を足で稼ごうと思い、可能な限り足を運ぶようにしています。

    「自分がこう思った」といった自分視点だけに偏ることなく
    そこで生きている人たちの気持ちや生き方を
    聞きとって、かつそれを伝えることができればうれしいなぁとか
    とりとめのないことを考えております笑

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