紀行文:北海道・函館赤線跡を歩く(その1)


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訪問は2011年12月31日師走大晦日。

同じ年の9月、以前ここに来た。9月には既に店内にストーブが置かれていた。

その時は、遣り手ババアの勧誘を断って、店内でビール1本をババアと酌み交わし、女の子には(支払い時に知ったことだが)1本500円に化けたジョージアエメラルドマウンテン缶コーヒーを奢った。

その時のエピソードは自分なりに思い出深いのだが、別の機会に譲ろうと思う。

今回の訪問は大晦日だった。

大晦日。セキセンの住人はどんな年越しをするのだろう、という興味からホテルにチェックインしたのち、夕方から深夜にかけて三度、スナック街を見回ってみた。
結果的には3軒が営業していた。内1軒は21時くらいから遅れて店を開けた。

店の前を通ると待ち構えていたババアに「呑んで行かない?」と声を掛けられた。
女の子は流石に今日は居ないとのことだった。

だから「遊んで行かない?」ではなく「呑んで行かない?」と声を掛けたらしかった。

休みということは、大晦日にまがりなりに帰る場所があるというとこで、少し安心する気持ち湧いた。

別な質問を幾つか投げかけてみた。年末年始の営業具合は毎年こんなものなのか?と。返事が要領を得ない。

話を聞いていない。むしろ、年末年始を意識することを避けているような節があった、と思うのは後日思い起こして感じたことだった。

こちらが客にならないと分かったのか、話もそこそこに、追い出すようにして向こうから戸を閉めてしまった。

ガチャリ、と回転型ロックの音。

その後、何度か別の店の前を通りすがりに覗いてみた。すると一坪ほどの狭い店内には客がおり、純粋に呑んでいるらしかった。

飲み屋として機能しているのは驚きだった。

3軒以外は閉まっている。

経営者は実家に帰ったのだろうか?帰る実家はなく、ただ自宅で過ごしているのだろうか?

そんな想像をしながら、前回よりも灯りの少ないスナック街を歩いた。

歩く際、未舗装路に積もった雪を盛大に踏み鳴らすと、音を聞きつけたババアが店外へ出てきそうなのでソロソロと歩く。

しばらく様子を見るためクランクになった角で目立たぬようにしていた。

たちんぼしていると、言葉は聞き取れないが、おでん屋のババアが餌を与えたいのか、猫を呼ぶ声が聞こえてきた。(この猫たちは前回の訪問時に名前や性格を個々に教えてもらったのだか、猫に全く関心がないので、すっかり忘れた。)

猫にとっても、その猫に餌を恵んでいる人間にとっても、大晦日は、実入りが少ない以外、いつも変わらぬ夜だったろう。

猫は十数回このような年越しを迎えれば、この世での役目を終えるが、人間の方はもう少し回を重ねる必要があり、そのことがひどく憐れに思えた。経験のある者にしか分からないかもしれないが、暦のない生活はひどく惨めで、にもかかわらずその惨めさに気付かない。

駅前の大通りさえも人通りはない。まして裏通り。

帰ろう。

ホテルに着き、安ホテルにありがちな乾燥して暖かすぎる空調で満たされた部屋の中で寝巻きに着替え、ベッドにもぐった。
寝入るために息を整えていた。

私は寝るがババアはまだ寝ない。そしてババアが寝る頃、私は起きるだろう。交差するのは一瞬だった。

一斉に外から幾つもの汽笛が聞こえてきた。函館湾の漁船たちが新年0時を祝い、一斉に鳴らしたのだった。遠くからこだまのように霞んで、そして折り重なり聴こえる汽笛は、それでも充分にハレであり寿いでいた。

年が変わった。

五戸出身だと教えてくれたババアは今頃、寒がっていないだろうか…?

おわり。

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