紀行文:岡山県・中島遊郭跡を歩く


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早朝、始発の路面電車を逃したので、岡山駅から中島遊郭まで2キロばかりの道を歩くことにした。

この日は冬至に近い。
30分かけて歩き、京橋付近に着いてもなお辺りは暗かった。

中島遊郭は旭川に舟を二艘浮かべた様な形をしている。
それぞれの舟に対して2本並行して道が走っている。

二艘歩いた。

遊郭の面影を色濃く残した一画があった。扉ガラスに屋号が残っている。

商売を変えたお好み屋さんもあった。商売を変えているが、軒下の雪洞照明はお好み屋さんのそれで無いとすぐ分かる。

塗料が剥げ落ちながらも元妓楼と思われる屋号が読み取れた旅館建築もあった。

この妓楼群はいつまで遺るだろうか。

多くの家が河に面しており、めいめいの階段から河へ降りることができる。
かつて生活用水を汲むため河に降りていたが、今は降りることもない。
今の河へは排水しか落ちていかない。

対岸を見た。
最初に見た妓楼の一画が河を挟んで丁度対面にある。
産まれたばかりの陽は、何もかもが生き返るのではないかと思われるほどだった。

その朝陽を浴びてすら、老いた妓楼は老いたままだった。

もう生き返ることはない。

 

帰ろう。

 

辺りが既に明るくなっていたことに気がついた。

ふと川面に目をやった。
反射して映り込んだ妓楼がそこにもあった。

ただ違うのはそこにある妓楼はもう老いていなかった。
かつては、こうもあったろうかというほどに壁や瓦は真新しかった。

遊郭の住人はいろいろなものを河に流した。
忘れたいもの。汚いもの。
堕ろした嬰児を流すことすら日常だったろう。

流しても想いは流れず、そこに留まり、私が目に映した瞬間、川面の遊郭の中に帰っていった。

物が美しいのはそこに想いが籠るからだとするならば、川面に映った妓楼は美しいはずだった。

その妓楼も取り壊され、映ずる姿さえなくなる日もさして遠くはない。

おわり。

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