特別企画「内田吐夢『飢餓海峡』跡を歩く」(青森県大湊:小松野遊郭)


水上勉原作(1962年)、1965年映画化された『飢餓海峡』のロケ地である青森県大湊を歩きます。

原作に触れておくと、この作品はいわゆる推理小説です。
純粋に推理小説の読み物として楽しめるだけではなく、戦後の時代背景を反映した社会派的な側面も見所の一つ。
kigakaikyou_e_cover.jpgアマゾンへ

極貧の農家に生まれ、母親思いの犬飼多吉という男。戦後の日本、社会、個人に翻弄され、思いがけず事件に巻き込まれていきます。犬飼と一夜を共にした娼妓・杉戸八重。2人の男女は別々の人生を送りながらも、お互いそれぞれに、戦後の混乱した社会の最底辺から這い上がろうとします。犬飼は生きる過程で本人の意思とは無関係に業を背負い、その業を老練の刑事が執念深く追い詰めていきます。

映画は、主演の犬飼多吉を三国連太郎、娼妓を左幸子。老練の刑事をコメディアンである伴淳三郎が固めます。
高倉健も登場しますが、この3者で完結しているといっても過言ではないくらい引き込まれる演技を見せてくれる作品です。
特に伴淳三郎のシリアスな演技、左幸子の見ているほうが空恐ろしくなるほどの女の性を感じさせる演技は、時代を超えて色褪せません。

妓楼や遊郭が登場するので、遊郭好きな人はもちろん、一般映画ファンでも十分楽しめる作品だと思います。

さて、当該作品は青森県大湊が舞台の一つになっているのですが、撮影は2012年現在からおよそ50年が経過していることや、そもそも必ずしも現地ロケを行っているとも限らないため、ロケ地を特定するつもりはありませんでした。

しかしながら、前項の青森県大湊、小松野遊郭を取材する中で、期せずして遊郭跡だけではなく、ロケ地となった建物の特定に至ることができました。
ロケ場所となったという元妓楼にお住まいの方から頂いたヒントを元に、映画のシーンと現在の景色を照らし合わせて見たいと思います。

元妓楼にお住まいの方からは下記の証言を得ています。
1.この家と向かいの家を撮影に使った
2.2階の部屋を撮影に使った。その部屋で三国連太郎(犬飼多吉)と左幸子(杉戸八重)がその部屋から釜臥山(映画中では恐山として紹介)を眺めるシーンに使った

では、同映画作品から引用して検証します。映画の登場シーン順に追っていきます。

大湊にバスで降り立つシーン

vlcsnap-2012-09-23-18h49m40s178.png
バス停に「大湊」と書かれており、背後には釜臥山。バス停を撮影しやすい場所に移動させた可能性はあるものの、大湊でロケを行ったことはこれで分かります。

杉戸八重が妓楼に戻るシーン

vlcsnap-2012-09-18-09h23m05s199.jpg
手前に妓楼(屋号は花屋という設定)。背後に釜臥山。この位置関係からすると、撮影が行われたのは、今回、遊郭部が中を拝見したお宅ではなく、その向かい側(小松野川をはさんで釜臥山側)のようです。これは証言1と一致します。
おそらくこの位置(おおよその位置)に妓楼があったものと思われます。

違う場所である可能性もありますが、今回、遊郭部が撮影した写真と見比べると、釜臥山の見え方が一致しているので、確度としては高いものと思われます。
DSC04078.JPG

屋内・屋外シーン

vlcsnap-2012-09-23-18h51m21s1.pngvlcsnap-2012-09-23-18h50m16s5.png
これらはどう見てもセットですね。他の屋内シーンもどうやらセットのように見えます。やはり全てが現地ロケではなく、ロケとセットの並行で行われたようです。

妓楼の部屋から見た釜臥山(恐山)

vlcsnap-2012-09-23-18h52m57s59.png
稜線の角が取れていて、模型のようです。証言2は、このシーンを指して、部屋の中から撮影したとおっしゃっていたようですが、どうやらそうではないようです。
すでに50年前の記憶ですし、ボツになった撮影や、この模型を作るために撮影が行われた可能性は大いにあると思います。

左幸子(杉戸八重)が三国連太郎(犬飼多吉)を追いかけて妓楼の外に飛び出すシーン

vlcsnap-2012-09-18-09h24m27s247.jpg

劇中、もっとも印象的なシーンの一つ。左幸子が多額の金を渡されて狼狽しつつも三国を追いかけますが、見失うシーンです。
最初、映画を観たときは意識をしなかったのですが、シーンをよく見ると下り坂です。現地がまさにこのような下り坂の地形でした。

まさにここの坂道ですね。
DSC04111.JPG

坂を反対側(上り坂を眺める状態)から。こちらのほうが傾斜は分かりやすいかもしれません。
DSC04118.JPG

シーンを対比させることで現地の地形には、いまだ当時の雰囲気が残っていることがよく分かりました。映画『飢餓海峡』が撮影されたのが1965年。それから50年近く経っていることを思えば、ロケ地を発見できたことは非常に幸運でした。

今回取り上げたシーンは映画の一部分ですが、映画だけではなく原作も非常に面白いです。続きが気になって他のことが手につかないほどでした。オススメです。

kigakaikyou_e_cover.jpg9784309016924.jpg 9784309016931.jpg

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA