山形県松嶺町:新町遊郭6「庄屋と料亭」


神社のおじいさんに教えてもらった場所に行きましょう。

おお。柵が現れました。ぷんぷん匂ってきよりました。
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おおお。かなり立派なお宅。最初に入り込んだ通りは、田舎といえど、木造建築がなかったので不安だったのですが、まだまだ古い町並みは残っていたようです。
こちらにご主人がいらしたのでお話を伺うことができました。ご主人によると、かつては庄屋をされていたのだとか。
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上記、庄屋さんのお宅の奥に見える物件がこちら。仕出し屋としての看板が壊れつつも何とか残っていますが、こちらはかつて料亭だったそうです。
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戸袋。波頭を掠めながら飛ぶ千鳥。こりゃあ素敵な意匠ですね。全国戸袋連合会も納得!
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反対から。所有者はいそうですが、駐車中の車もしばらく動かした形跡もなく、半廃屋化しているようです。
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前項の神社で教えていた「遊ぶところ」とは、この元料亭を指していたようです。

庄屋のご主人によれば、町の集まり等で使用し、どんちゃん騒ぎも行われたのだとか。また、遊郭があったこともご存知で、逆算すると売春防止法施行(1958年)のタイミングでは16,7歳。

「朝方、通学のために女郎屋の前を通ると、女の人は疲れた顔してたなぁ。へへへ。男は英気を養うけど、女は疲れるんだろな。へへへ。」

とのこと。

ご主人の登楼経験を伺うと、

「オラねえよ」

だそうです。本当でしょうか…?

売春防止法後のことを伺うと、青線化はしなかったそうです。というよりも、街の衰退が激しく、自然消滅に近い形だったとのこと。

肝心の妓楼の位置を教えてもらったので、次こそピンポイントで場所を突き止めたいと思います。この料亭の近隣なので、飲み食いした後に遊びに行くルートだったようです。

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