酒田新町遊郭に泊まってみた・山形県酒田「松山旅館」


今回は山形県酒田市は新町に残っている遊郭からの転業旅館「松山旅館」に泊まってきました。

酒田の遊郭跡へはこれまでにも2度ほど来ています。
こちらの転業旅館の存在を知ったのは前回訪問の2012年9月。

ご主人はお留守で、女将さんが対応くださいました。
「こちらは元遊郭ですか?」とストレートに伺うと、女将さんは「そうですよ」との明るいお返事。
そのまま快く中を見せてくださいました。
ただ、残念ながら旅程のスケジュールが合わず、そのときは泊まることはできず。

その際、女将さんに「泊まりに来ます」と約束しました。
約束を違えず、その1ヵ月後、2012年10月泊まりに来ましたよ。

まず電話予約することにしました。前回ご不在だったご主人が電話に出てくださいました。
「素泊まりおいくらでしょうか?」
「サービスしますよぉ!予算おいくらですかぁ?」
定価がないんでしょうか?…ちょっと心配になります。サービスは良さそうです

「え、えーと…素泊まり3000円くらいで…」
「あぁ?……うーん…いいですよぉ…サービスしますよぉ!」
安すぎたかな?wwwwwwwwwとにかくサービスは良さそうですwwwww

旅館としては安すぎる価格ですが、前回訪問時に、工事関係者が利用しているとのことを聞いていたので、まぁこんなもんでしょう。

外観です。左手前の家屋は真新しいですが、こちらは家人の方の住まい。奥が旅館になります。外観からは普通の旅館なのですが、中はすごいことになっていました。
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山形県食品衛生協会。「秀」山形県の旅館ではこの看板を良く見かけました。
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中から女将さんが。電話では1ヶ月前のことは特に告げていなかったのですが、顔を覚えてくださっていました。

玄関の中には注連縄が。大山様の注連縄だそうです。
注連縄は由緒正しいものらしいですが、こちらとしては据付けられている後ろ側の曲線が気になって仕方がありません。
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同様のものが廊下に点在します。
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ランプ。
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金具に装飾があります。
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最初、女将さんは「元遊郭だけど特に何も残ってないがのー…」とおっしゃっていたのですが、
全然あるじゃないですかwwwww
「うーん確かにそう言われたら残ってるかのーw」とのこと
呑気すぎるでしょwwwwww

山形県庄内地方の方は方言も可愛らしいし、大らかで「こまけえことは」気にしない方が多い気がします。

さて、見せ場である階段です。うほほほほ。丸窓が映えますねぇ。奥に見える部屋もちょっと気にしておいてください。
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こちらの階段は二叉になっています。2階には4畳半の小部屋がありました。
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先ほどの階段を上がって、中二階に。先ほど奥に見えた部屋。
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部屋の名前が「茶室」定員2名。
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茶室をモチーフとしたお部屋なんです!なので「躙口(にじりぐち)」をデザインした壁になっているんですね。
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中は4畳半の部屋でした。
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今回、泊めていただいた部屋はこちら。床の間は割と普通ですかね。
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釘隠し。
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鴨居。
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見所は天井です。何気ないですが、畳の並びと同じになっているんですよ。今回は4畳半と6畳の二間続きの部屋に通していただきました。
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部屋の前には廊下。その廊下は一枚板です。
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廊下のガラス。
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さて、今度は2階へ上ってみましょう。こちらはまた別の階段。というわけで3つの階段があることになります。
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あがるとソファーセット。テーブルがレトロでオツですね。
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この奥は大広間になります。乗数を数えてみましたが24畳でした。
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一見、普通の大広間に見えましたが、小部屋が隣接しています。
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24畳の大部屋に4畳半の小部屋2つ。右手は閉じられていますが、左右対称に小部屋がありました。大広間で飲んで、娼妓と連れ立って小部屋へ…なんて想像してしまいますね…。
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お部屋の紹介は以上です。
泊まった夜、ご主人と酒盛りすることになりました。
風呂から上がったら、部屋にお酒が用意されてるしwwwwwwwwwwww
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なんでもご主人は歴史好きなんだそうです。
話は専らご主人のペースで進行。完全聞き手に回ったのですが、以下聞きだすことができました。

1.屋号は松山楼
2.娼妓は70人いて、置屋もやっていた
3.昭和34年売春防止法後は、娼妓に対して「芸を身に付けて芸妓になりなさい」と指導した。客と結婚した例も。
4.避妊具(コンドーム)が取り入れられる前は、娼妓は酸で局部を洗っていた。よって肌荒れがひどかった。
5.娼妓は住み込みだった

2に関しては、遊郭部としては(大変申し訳ないですが)ご主人の記憶違いと思っています。この家屋の規模で70人はありえません。福島県三春の妓楼や、愛知県豊橋の妓楼と比べるとぜんぜん小さいです。左記の妓楼でもせいぜい10人未満。この規模であれば、回しを取らないとしても、せいぜい4~5人でしょう。

置屋をされていた関係で70人前後の娼妓とかかわりがあったのかもしれませんが、70人もの娼妓を一時に抱える置屋であれば、専業的に置屋でもしない限り管理は到底無理でしょう。

ご主人は自身の旅館に、非常に誇りを持っておられる方で、遅い時間まで色々教えてくださり、とても貴重なお時間を頂きました。ただし、その誇りが諸々の情報を誇張してしまっている印象もありました。

今回に限らず、「人の記憶」というものは信憑性の点ではかなり心もとなく、資料による裏づけの必要性を改めて感じました。

とはいえ、(もしかしたら)安すぎる宿泊代で泊めてくださり、更には当時の貴重な証言を話してくださったご主人と女将さんには感謝の念以外ありません。

朝早く発つ遊郭部を、お二人で玄関先まで見送ってくださいました。
女将さんはいつもニコニコして、話すときは必ず「○○だの~」との優しい方言。
女将さん:「また泊まりにきての~」
すごく素敵な方でした。

こちらの遊郭跡には他にも4軒旅館が残っています。また是非泊まりに来たいと思います。

「酒田新町遊郭に泊まってみた・山形県酒田「松山旅館」」への4件のフィードバック

  1. 遊郭部さんのブログに触発されて松山旅館(松山楼)に2泊してきました。
    旅館の親父さんのもてなしがハンパなかったです。
    疲れ果てました。(笑い

    遊郭というには素朴な作りで、
    貸し座敷かなとも思いました。

    酒田の「相馬楼」や「山王くらぶ」に比べると、
    庶民の遊郭といったほうがいいのかもしれませんね。
    遊郭部さんのブログのおかげですごく楽しかったです。
    ありがとうございました。

    1. 空白さん
      おもてなし、お疲れ様でしたw
      心中お察し致しますw

      私も2回の造りを見るかぎり、
      宴会場も兼ねていたことは間違いないと考えています。

      往時から立て替えられていない前提での話しですが。

  2. 私もこの春、桜見学がてら一泊させて頂きました。
    ご主人のサービスはうわさ通り(笑)
    貴重でレアな体験が出来ました!
    ありがとうございます。

    1. お泊りになられたのですね。ご主人の厚(熱)いサービス、お楽しみなったことと思います笑

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