山形県東置賜郡:高畠町遊郭9「追加取材 恵比寿楼」


前回、2012年4月訪問した山形県高畠遊郭。訪問時には旅館「エビスヤ」が、遊郭からの転業である可能性が濃厚と気づかぬまま、その取材を終了してしまいました。
取材終了後、全国遊廓案内を見返して、ここが同著に記載のある「恵比寿楼」であると気が付いた記事はこちら

ほぼ決まりとはいえ、確実な証拠もありません。

このモヤモヤ感は如何ともしがたいので3ヵ月後の7月、再訪してきました。

こちらが旅館エビスヤ。前回は写真一枚しか押さえることができなかったので、いくつか撮影させていただきます。
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前の通り。奥の家屋は前回から気になっています。
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撮っていてばかりでも仕方が無いので、中でお話を伺うことにしました。
対応してくださったのは、当主のご主人(おそらく80代後半)。

単刀直入に伺いました。
結果、ここが元遊郭(「女郎屋」と仰いました)であったとのこと。
やはりここで間違いありませんでした。確定です。はるばる夜行列車ムーンライトえちごを乗り継いできた甲斐がありました。
ネットに上がっていない遊郭跡を特定したときの満足感は何物にも代えがたいです。

中も撮影させていただきました。

立派なお庭もありますが、こちらは遊郭廃業後のものだそうです。
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高畠町の古地図。赤く塗られたところが恵比寿屋さんです。
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お話しする中で、その他、諸々聞き取ることができました。

  1. ここは3代目。でも俺が初代。
  2. 通りのどんつきにあるのは元魚屋。遊郭とは無関係。
  3. もう1軒、女郎屋があった。

1.ここは3代目。でも俺が初代。
この手の○代目情報は、よほどのことが無い限り、正直、1,2代はズレている可能性は否めません。こちらの記事で取り上げた資料によれば少なくとも明治時代から高畠に遊郭が存在していたことになります。ご主人の言葉を額面どおりに受け等のであれば、かつての恵比寿楼、現在の旅館エビスヤはご主人の代で3代目ということでしょうか。後半の「俺が初代」が意味不明だったのですが、伺っていくと、「この旅館をここまで盛り立てのは俺の代だから、気持ちとしては俺が初代だ」という意味でした。うむ…。なかなか盛る方なので、数字に関してはその点考慮する必要がありそうです。

2.どんつきは元魚屋。
対象はこちらの建物。位置的には恵比寿楼がある通りのどんつきに存在します。どんつきにあるからには何か曰くありやも…と伺った次第です。
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この建物は以前から気になっていたのですが、ご主人の証言で明らかになりました。家屋としては決して魚介小売店には見えないので、改装したか、別の場所でお店を営んでいたのか、或いは卸等をなさっていたのか。いづれにせよ遊郭とは無関係です

3.もう1軒、女郎屋があった。
ここが今回の聞き込みにおいて最も重要な点です。前項でも取り上げた全国遊廓案内によれば、こちらの「恵比寿楼」と、もう1軒の妓楼「椿楼」があったはずです。
「もう1軒、女郎屋がありませんでしたか?」とのこちらの質問に対し、「あった」とのお答え。
純粋な旅館とのご認識や、方言、老人特有の耳の遠さ等による誤解を防ぐため、「その女郎は椿楼という名前でしたか?」との質問には「そうそう!」としっかり肯定してくれました。

やはり椿楼は実在したようです。その場所も教えてもらいました。

北目にあり、今は子孫が医者をしているとのこと。
これはすごいことを教えてもらいました。現地の聞き取りで、距離・位置関係だけではなく、超ローカルな地名が飛び出すことも少なくなく、お互いのローカル知識の差が原因で聞き取りがうまくいかないことも多くありません。

今回は「北目」という具体的な地名を頂いたので齟齬は起き得ません。

次回は椿楼の痕跡を求めて現地へ向かってみます。つづく。