【廓メシ Vol.1】寿司屋:満す美寿しでちらし寿司を召す


今回から始まった企画、「廓メシ」。当企画では吉原周辺の飲食店をレポしていきます。

記念すべき第一回に足るお店といえば、こちらをおいて他ありません。
「満す美寿し」です。

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満す美(ますみ)と聞いてピンと来た方は鋭い!
そうです。こちらの記事でも取り上げたカフェー物件「マスミ」の元経営者なんです!!
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いやーびっくりしました。まさか、このマスミの経営者が今もご商売をされているとは!
このことは吉原に詳しいとあるTwitterユーザーさんからご教授いただきました。

さっそくお邪魔してみます。
ガラガラガラ…。

こんな内装です。
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お!豆タイル!
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こちらの内装は吉原の遊郭やカフェーをイメージして施工されたそうです。
カウンターには木の板が被せられていますが、実は中に流しがあります。元は立ち食い寿司だったそうで、蛇口などもあるんですよ。
お願いすると見せていただけるので、是非、優しいご主人に頼んでみてはいかがでしょうか?

ちょうどランチタイム。
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ちらし寿司を頼んでみましたよ。900円なり。
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しくじりました…wwwwお腹が空いていたので、撮影前に山葵溶き醤油をかけてしまいましたwwwww

なめこのお味噌汁も付きますよ。
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頂きます。

ちらし寿司うめぇ…。

壁にふと目をやると…。お!
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寅さんこと渥美清ではないですか。隣はポンシュウこと関敬六。暖簾はこちらのお店です。
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渥美清も吉原に遊びに来ていたんでしょうか。浅草から近いですからね。

そしてもう一つの見所はこちら!
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ご主人の先代(お父さん)が寿司屋を開業する際、近所のカフェー・妓楼からお祝いにもらったものだそうです。

左から順に見ていきましょう

  • 初夢
  • マコト
  • あさひ
  • 小勝
  • 花井
  • 喜代花
  • 西海
  • ロマンス
  • ニューハッピー
  • ミナト
  • 大洋
  • 黒潮
  • 福八
  • 月の宮
  • ふくべ
  • 金よし
  • 武蔵
  • モリヤ
  • 一富士
  • 本郷

これはすごい!!!

こちらのお店の中に吉原の古地図も掲載されています。昭和34年、売春防止法施行時の地図です。
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地図上「伏見通り」の「り」の辺りに「マスミ」があるのがわかりますか?
地図と、上記の屋号リストを付き合わせると、伏見通りと江戸二通り沿いのカフェーからの贈り物であることが分かります。
というか、マスミの向かいの細い路地は「伏見通り」と言うんですね。

こちらの地図に載っているもので、今でも現存している建物があります。
まず、モリヤ。モリヤを取材した記事はこちらこちら
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そして黒潮。記事はこちら
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金よしはプリンセスの隣に存在していたカフェー建築です。
既に取り壊されていますが、木村聡『赤線跡を歩く』(2002年、筑摩書房)に、在りし日の貴重な姿が収められています。同著P15から引用します。
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同じく現存している「親切
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親切は贈答品の屋号に含まれていませんね。ご主人曰く「そりゃくれない奴もいたよ」とのこと。
カフェーを廃業して異業種である寿司屋を開業するとき、周りからは反対されたそうです。
カフェーを廃業するということは、かたぎの人間になるということでしょうから、それぞれに複雑な思惑があったようです。

先代であるご主人のお父さんは、かなりの遣り手だったそうで、米が手に入らない時代には、この同じ場所で飴屋、コッペパン屋を開いていたのだとか。
戦前から板前の修行をしていた先代は、その後、寿司屋を開業。今に至ります。

「マスミ」カフェー経営当時には、下積み時代のこまどり姉妹を三味線や歌担当として、住み込みで置いてあげていたそうです。wikiにも記載されていない貴重な話でした。(wikiには「山谷の木賃宿に住み」とあります。)

カフェー経営時代のマスミは、例によって2階に小部屋が並んでいたそうです。酌婦は住み込みだったとか。

その他、色々面白い話も聞きました。

今でも時々、2階で話し声がするのだそうです…。「なんだか2階がうるせーなと思ったけど、よく考えたら誰もいねえんだよなwwwww」とのこと。ちょwwwww

吉原お越しの折は、満す美寿しをご贔屓に…。

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