紀行文:山形県・高畠遊郭跡を歩く


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「搾取」

という言葉を安易に連想している自分が居た。
理由ははっきりしていた。

土地の資料を漁り、娼妓の届出名簿から、かつてここで働いていた娼妓たちの出自、続柄、下の名前が記された資料を見つけた。その時点で情を移していたからだろう。

ここに来るのは2度目だった。

2度目の取材によって、1軒の元妓楼を確定させ、その元妓楼の主人から、もう一軒あったとされる妓楼の場所も聞き出すことができた。
今では、その家系は医者を経営しているという。

聞き出した内容から当たりを付けた場所は1軒目の妓楼からほど近い。確信は無かったがここである可能性は高い。

地図を確認して車を止め、あるとされる土地を見るとそれがない。
地図に記載のあった医院はなく、既に廃業したのか更地となっていた。広大な更地だった。

医者を経営している、と聞いた時から感じ始めている漠然とした違和感があった。更地を眺めていると、その違和感はせり上がってきたが、上手く言葉へ昇華させることができず、安易に「搾取」という言葉に置き換えていた。

この土地では「搾取」と思い、他の土地で遊郭跡を目の前にしても「搾取」と思わぬ自身の認識は、所詮、恣意的なもので、感情に振り回されたものに過ぎないことも分かっていたが、ただただ彼女たちへの憐憫は募るばかりだった。

土地の資料によれば、わずか10代半ばから20代前半の女性たちが、娼妓渡世という肩書を背負って、この土地で身体を売っていた

極貧の農村に生まれた二女、三女、さらには没落した士族、商家の娘たちだった。

ここに今も立派な医院が残っていたら、感情はまた違っただろうか…?
いや、残っていても同じだったに違いない。

生きるため、また残してきた親兄弟に仕送りをするため身体を売った彼女たち。
その痩せた身体から搾り出された財で高い生活水準、教育水準を成し、土地の名士が生まれたのだった。

ただ、それらのエピソードはここに限った話ではなく、妓楼の家系が現代では社会的に高い地位に就いていたり、名士と呼ばれている事実は、全国で見聞していた。

戦後史を俯瞰してみれば、むしろ妓楼主も「国に尽くす」という便利な言葉で国からいいように搾取され、時代の変化と共に見捨てられた跡すらある。搾取かどうか、それを問うことに価値を見出せず、また当時を生きた全ての人に対して不遜に思えた。

 

帰ろう。

 

この広大な土地の価値は幾らなのかは分らない。ただ、この土地のほんの幾ばくかは、娼妓渡世 何某の汗と涙から絞り出された金で買われたものだ。

彼女らの価値はこの土地の不動産価値として今も生きている。
そう思わねば、生きた証を何一つ持たぬ彼女らがあまりにも可哀相ではないか。
やがて暮れるこの街を後にした。

 

おわり。

「紀行文:山形県・高畠遊郭跡を歩く」への3件のフィードバック

  1. 私の生まれ育った地方が出ていて驚いて読み進めました。
    高畠町遊郭シリーズ、好きです。

    高畠と同じ地方に住んでいながら、遊郭があったとは全く知りませんでした。
    あの町に遊女がいたとは…

    私は現代の昔遊女です。
    身体を売って生計を立てておりました。
    匿名のネット上だから言えますが、現実では知られたくない過去です。

    時代も違いますし、風俗嬢と遊女では風情も違います。
    しかし、女を商売にしたという共通点が私の心を刺してくるのです。

    知りたい。
    彼女たちがどこでどう生きたのか。
    遊女として身体を痛めながら、心はどうあったのか。

    そんなことを思いながら拝読致しております。

    搾取。
    苦しくなる言葉です。

    素晴らしいブログをありがとうございます。
    心からの感謝を込めて。

    1. あんさん
      コメントありがとうございます。
      高畠の遊廓を追ったときはここまで気になるとは思っていませんでした。
      2年を跨いだ調査になりました。

      多くの中のたった1人に過ぎない遊女を追いかけたに過ぎませんが、
      ほんの僅かでも人生の片鱗を窺い知ることができました。
      歴史の片隅に追いやられて忘れるだけの存在であった遊女の1人について
      ほんの少しでも彼女の人生の一部をweb上に残すことできて、自分なりに腹落ちがしました。

      あんさんともいつかお逢いできますように。

  2. 遊郭部さん
    ご返信ありがとうございます。

    高畠にいた遊女に情を移していた遊郭部さんに、私は優しさを感じました。

    遊女って切ない。
    遊郭って切ない。
    そう思えて仕方ない…

    それらをすくい上げてくださる遊郭部さんには感謝の気持ちでいっぱいなんです。
    ありがとうございます。

    いつか遊郭部さんにお会い出来ますように…
    一緒におしどりミルクケーキ、食べましょう。

    私も、地元に戻ったら、高畠遊廓跡を歩いてみようと思います。

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