紀行文:愛知県・有楽町遊郭を歩く


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とても緊張していた。

話を進める前に、まずはこの街について説明する必要がある。

ごく簡単に言ってしまえば、いまだその文化が残っている。今回は「跡」ではない。そう言うことだ。

今からその妓楼に登楼しようと思っている。

心を落ち着けるため、街全体を一通り撮影をし、いよいよ登る時が来た。「登る時が来てしまった後悔」、と言っていいほどに緊張していた。

目星をつけていた妓楼の玄関を開ける。

どんな遣り手ババアが出て来るのか…。耳が遠いのか、何度か大きめの声を出すと、玄関脇の小部屋で電話中だった老婆がこちらに気づいてくれた。

ここはあくまで貸座敷だから、老婆は遣り手ババアではなく、女主人と呼ぶのが正しい。

来意を告げる。

女主人は少しの間、意味を解釈しかねたようだったが、額面通りの意味らしいと知って、少し呆れたようだった。

「遊びは要らない。2階に上げてビールでも飲ませて欲しい」というこちらのお願いを持て余していた。

「ここは飲むところじゃなぁよ、遊びに来るところらぁ…。」

店によっては警戒して一見お断りもある、と事前に聞いていたから、あまりにもあっさりと本来の業態を明かしたことに軽い驚きを覚えた。それでもなお、上げて欲しいとお願いをすると、

「何が楽しいんだか…」

と呆れながらも、こだわりなく中へ招き入れてくれた。

手摺のある階段を登り、2階へ上がる。

階段を上がってすぐの部屋に通された。出入りするにここが1番楽に違いない。めいめいの部屋の入口には、小屋根があり、玉石が敷かれている。家の中に家がある。言葉が出ない。

部屋の真ん中には、初夏と言っていいこの季節にもかかわらず、まだ炬燵があった。

会話を増やそうと心掛けた。聞けば、

「女の子はあんたの母親くらいらぁ」

と本当とも嘘とも分からないことを、いたって真面目な顔で言うので、こちらが吹き出してしまった。

女主人はもう一度ここの仕組みを説明する。

説明する女主人の話を聴きながら、敢えて意識して電灯の下でよく見れば歳は70頃。背は小さく、全てが白髪だったが、歳の割に、目尻が垂れ下がらずに釣り上がっている。化粧映えして人前に出ていそうな、若い頃はさぞやと思えるような美貌を持つ顔立ちだった。

念押しで説明しても、こちらの目的が変わらないと知ると

「なんだってなぁ…。じゃあ待っててな…」

と、頭を両手で抱えるような、撫でし付けるような仕草をした後、こちらを哀れむように階段を降りて行った。

落ち着くよう努めながら辺りを見回す。

6畳ほどの部屋。据付のクローゼットはあるが、布団を仕舞うような押入れは無い。部屋の端に座布団が2枚。

ここは座敷であって旅館ではない。人を泊めてはならない建前なんだな、と納得した。どうやら、本来の客は座布団2枚を布団代わりにするらしい。何が付いたのか分からない染みが付いている。

廊下に出て部屋数、間取りを確認した。2階に6部屋ほど。同じ間取り。

ビールを準備するだけにしては、やや長過ぎる時間があってから、女主人が階段を登って来た。登るが早いか「ああ栓抜き忘れた。歳だからな」と言い残し、すぐに下がってしまった。上り下りするのが辛くないかと心配だった。

ビール2本。みかんが添えられたおつまみ4皿。本来は飲む客など居るはずもないから、何とか工夫して何も無い中で肴を拵えてくれたのがよく分かった。

戻ってきた女主人は、栓抜きを置いて

「じゃあ、ごゆっくり」

とだけ言い残して降りて行った。貸し切りの時間は告げなかった。
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自分で栓を開けてビールを飲む。程よく冷えていた。ピスタチオは湿気っていたが、気にはならなかった。

自分の意に反して、願いがあっさり叶ってしまった時、「あれ…自分は何をしようとしていたんだっけな?」と思うことが、人生に何遍かある。想いだけが独り歩きし始め、自分が取り残されてしまった感覚。

これがその一つだなと感じつつ、ビールを飲んだ。

開けた窓とカーテンの隙間からは、学校から帰る子供たちの歓声が途切れなく聞こえる。横を見れば、何の染みか分からない行為に励んだ後の染みの付いた座布団2枚がある。下には女主人が居る。

不思議だった。本来、普通の街にはあり得ない景色だが、全く違和感を感じなかった。各人がそれぞれに普段通りの生活を送っている、という共通項のみで十分に溶け合っていた。

生きることに理由はなく、生きているから生きている。その器としての街は、形はどうあれ、それも街の一つに違いない。それだけのことなのかもしれない。

その街への訪問者に過ぎない自分自身にも異物感は感じなかった。ゆっくりと居座った。そして当たり前のように、また今度も座敷を借りて飲みたいと思っていた。

1時間半程度、座敷を借りた。2階から降りた。

「5000円でええよ」

飲んだ本数とおつまみ、席料、それらに掛かるサービス料からすれば、かなりの額を割り引いてくれていることになる。

感謝の気持ちとして、心づけを勘定に上乗せして支払いながら、礼を述べた。それからさらに玄関先で30分ばかり話し込んだ。

明るかった擦りガラス越しの外が、だんだん暗くなるのを脇目で一瞥しながら、時間の許す限り女主人と談笑した。

すべて書けば本当にキリが無いのだが、この老婆が貸座敷の主人して相応しい人生を送ってきたことは確かだった。

今回、最も驚いたことは、「玄関戸の隙間」のことだった。この土地はいわゆる「営業中」である暗号として、玄関戸を2センチほど開けておく、ということがインターネット上で真しやかに噂されている。

女主人にそのことを尋ねると、

「玄関開けるのが重いで、開けやすく、つっかえしとるだ」

事も無げに言う。

見れば、確かに戸のレールにつっかえ木が仕込んであった。なるほど隙間に手を差し込んで開けやすくなっている。

つまりは、暗号でもなんでもなく、生活感溢れる工夫に過ぎなかったということだ。所詮、噂は噂に過ぎなかった。

この街への感想には、
「気味が悪い」
「視線を感じる」
と言ったものも多い。

おそらくそれらは、人通りが疎らで生活感の希薄さが住宅街にとしては異質であり、また、戸が半開きとなっている状態が、向こう側から誰かに見られているかもしれない、という直感を生むのだろう。

人通りが少なく、あまりにも静かなのは、40年来住み続けている女主人曰く、老人ばかりの街だからであり、また玄関戸が開いているのは、ただの生活の工夫に過ぎなかった。

傍観しただけの「直感」は、各人が自由に持ち得る感想には違いないが、同時に偏見と思い込みの裏返しに過ぎなかった。

事実は中にしか無い。

通り抜ける子供と、売春婦、貸座敷が溶けあった街だった。

帰ろう。

ここに玄関内での談笑中に質問したことの一つがある。

「お母さんは豊橋にお嫁に来たの?」

それまでの会話が途切れて、しばらく女主人の目が空間の何かを見つめていた。返事は無かった。

話の流れからすれば、女主人は妾として子を産み、この座敷を分け与えられ、生活の糧としていたに違いない。

老婆の目に映ったのは、どの時代のどの瞬間だったのだろうか。

或いは、その一瞬に全ての時間が映ったのかもしれないな、とさえ思えたのだった。

終わり
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「紀行文:愛知県・有楽町遊郭を歩く」への7件のフィードバック

  1. こんにちは。とても惹かれる文章でした。私は遊郭部さんがどうして遊郭にこれだけ入れ込んでいるのか、いつも不思議でした。遊郭の歴史はある意味奴隷小屋やアウシュビッツと同じだし、吉原では建築の際、身元不明の白骨が出てくる程酷い過去を引きずっています。今でも世間の正道を歩けなかった人の怨みや哀しみが渦巻いてるのに。遊郭部さんはそんな人生を送った人でも、それを平常の事と受け入れて生きてきた人の開き直った生き方がお好きなのでしょうか?

  2. こんにちは。

    遊郭にひかれる理由は、私の稚拙な文章では表現することは難しいのですが、少なくとも一つの理由ではありません。

    ただ、強いて言うならば、悲しくて残酷な歴史の刻まれている土地と、そこに生きた(生きている)人に興味があるのか?という問いであれば、YESです。ただし理由のすべてではありません。

    うまい喩えか分かりませんが、古今東西、名作と呼ばれる創作物の多くは、少なからず悲劇です。

    創作といえど、創作は現実の拡張でしかありません。
    人は悲しみの中に、ある種、人生の儚さや哀れさを想い、惹かれ続けているのではないでしょうか?

    ご質問にお答えできているかわかりませんが。。。

  3. この女性と貴殿の会話が妙に胸にしみました。私は、この女性のような声にならない声を聞き出す貴殿に深い人間性があるように思います。興味本位ではないこのレポート、短いけれど、短編小説を呼んだかのような後味。惹きつけられました。

    1. ありがとうございます。自分自身、ドキドキしながら話をしていた記憶があります。このブログにおいて私は書き手なのですが、私が不必要にドラマを描く必要はないと感じています。なぜならば私の対象がドラマを持っているからです。そのドラマを抽出すればドラマが出来上がります。私が装飾する必要はないと感じています。

  4. 女主人の豊橋の方言…なつかしく響きます。
    有楽町は祖父母が住む家の近所です。幼い頃に 突然現れる 古い家並みに違和感があり 祖母に尋ねた事があります。祖母は 遊郭があった。とポツリと答えてくれました。
    祖母は今年 88歳になります。ら

    母はヘルパーの仕事をしています。
    介護する女性が
    昔 連れ込み宿をやっていて 随分と もうけた。だから財産もある。
    と 話してくれたそうです。
    身寄りもなく 介護生活を送る女性と女主人が重なります。

    来週 地元に帰省します。
    大人になってから 久しぶりに有楽町を歩いてみようと思っています。

  5. 私は産まれてずっと有楽町の近所で暮らしてました。
    一体は周囲と雰囲気が違い、通ると必ず見てしまいます。
    お年寄りの多い街です。
    運営してるなんて知りませんでした、家族もこの街のことはあまり話しません。

    1. コメントありがとうござます。
      抜け道になっているのか、メインストリートは車がひっきりなしに通りますが、
      あまり人通りのない場所ですね。

      それでもこのとき登楼したときは
      帰宅する児童の声などが、窓の下から聞こえてきて
      不思議な感覚にとらわれました。

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