2012年「消えた遊郭」


今日は2012年大晦日。
2012年に取り壊しとなった遊郭(妓楼)、私娼街、カフェー、その他類するものを挙げて行きます。

福岡県戸畑

DSC03032.JPG
DSC03042.JPG
DSC03033.JPG

SDIM0301.JPG
左側の建設中のお宅の位置にあった。右手には飲み屋。正面に洞海湾の若戸大橋が見える。

福岡門司港錦町

クランクになった場所に建つ家屋が建て替えられていた。
DSC03393.JPG
DSC03426.JPG
反対側から眺める。
DSC03424.JPG

IMG_7132.jpg

同じ通りに建つ別の家屋。前回(2012年9月)訪れた際は、家は建て替えられていたが、地面にタイルは残っていた。
DSC03395.JPG

IMG_7134.jpg
コンクリートが上塗りされ、完全に見えなくなった。

東京玉の井

IMG_7930.jpg

バルコニーのあるカフェー建築が取り壊し。裏手のアパートも同様。住人の老人2名は別の場所へ移動。痴呆と身体障害のある老人だったとのこと。
IMG_6197.jpg

兵庫県丹波篠山京口新地

下記は公民館として利用されていた妓楼。
IMG_6264.jpg
2棟続きの家屋。向かって右が取り壊された。
IMG_6270.jpg
装飾の施された石塀も消失。
IMG_6283.jpg
奥の洋風家屋も消失。
IMG_6272.jpg

SDIM0211.JPG
IMG_6749.jpg

愛知県豊橋有楽町

十字路から奥手3軒目が消失物件。
IMG_6168.jpg
IMG_6175.jpg IMG_6173.jpg IMG_6174.jpg IMG_6172.jpg


椰子の木も生えて、コの字型に中庭もある家屋がざっくりと削られました。
DSC00805.JPG

神奈川県横須賀柏木田

IMG_4390.jpg IMG_4392.jpg IMG_4384.jpg

福助ホテル解体。経営者の老婆他界に伴っての解体とのこと。裏手のカフェー建築も同じ所有者につき、ほどなく解体。柏木田遊郭の名残は全て消失。
近所の方と解体現場を眺める。
IMG_3852.jpg IMG_3856.jpg
福助ホテルと裏手のカフェー建築が階段で繋がっていたことが解体によって判明した。
IMG_3855.jpg
IMG_3858.jpg

神奈川県藤沢

旅館松竹が消失。
IMG_5198.jpg
IMG_6927.jpg
完全なアーチと斜め手すりを持つ、まこと艶めいた旅館だった。
IMG_5201.jpg
IMG_5204.jpg
IMG_5203.jpg

SDIM0175.JPG
取り壊しによって、旅館松竹の奥手に曲線装飾を持つ家屋があることが判明。
SDIM0182.JPG

これらの他にも恐らく多くの遊郭跡でひっそりと取り壊された家屋があったことでしょう。
遊郭を取り壊すことに対する是非は言いません。

取り壊されたのは、その家屋が時代の役目を終えたからです。それで十分でしょう。
役目を終えたからにはゆっくりと休んで欲しい。

さようなら、消えた遊郭たち…。

「2012年「消えた遊郭」」への4件のフィードバック

  1. 感慨深いですね…

    ブログぜ~んぶ何度も読んでます。それぞれの建物が生き生きと華やかだった頃の事を想像しては、切なくなったり胸がキュンとなったり…♡

    1. 切ない気持ちと納得する気持ちとその他もろもろ入り混じった複雑な気持ちになります。ただやっぱりその場から離れがたくなります…。

  2. はじめまして。実家が遊郭の建物(北九州市若松区)なのですが、近所の同じような遊郭物件が次々に取り壊されて行くのに寂しさを感じネットで検索して遊郭部にたどり着きました。若松区本町にもいらっしゃったんですね。ノスタルジックな写真が素晴らしいです。

    1. 初めまして。ご覧頂きありがとうございました。
      若松は2度ほど訪れました。今の規模からすると想像できないほど栄えていたんですね!
      ちなみに、若松の遊郭は連歌町以外に、新地(今の本町2丁目あたり)にも私娼街があったらしいのですが、いまいち分かりませんでした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA