青森県鰺ヶ沢:新地町遊郭16「新津軽風土記 わがふるさとより引用2」


前項に引き続き、船水清『新津軽風土記 わがふるさと 第5巻 西津軽編』(1981年、北方新社)から引用です。

IMG_5411.jpg
IMG_5413.jpg

身代金20両也

紅灯300年の「新地」で一番大きな店だった中村楼は昭和7年(遊郭部注:1932年)に廃業するまで、270年もつづいたが、中村家には慶応元年(1865年)に楼主と抱え女の間で取交わした請状が残っている。いまとなってはめずらしいものであり、当時の事情がよくわかるので紹介しよう。誤字は訂正したが原文のままだ。はじめに「差置申勤奉公人請状之事」とある。

一、私娘さよ当21に相成、御法度の切支丹宗門に御座なく候、代々禅宗にて、弘前蘭庭院檀那にまぎれ御座なく候、すなわち寺請状所持つかまつり候、諸親類さしさわりなくたしかなる者故此度貴殿方へ勤奉公に差置き申候処、実正に御座候、これがため、身代金20両只今のこらず受取申候、すなわち年期の儀は、勤めに出でその年月より丸4ヶ年相定め申候処、実正明白に御座候、しかる上は御奉公の儀は如何ようとも御召使なさるべく候

一、年期の内身請など御座候はば御勝手次第に御相談なさるべく候、この方にて一円かまい御座なく候、なおまたその節無心がましき儀は毛頭申し上げまじく候

一、年期のうち旅渡り、年期請前方につかはし候ともかまい御座なく候

一、右子供かけ落ちなどつかまつり候はば、御定法仰せられの通り、年重ね3ヶ年期つかまつらせ、その上失せ物などは申すにおよばす、何品によらず右女どもにたずねだし、屹度相渡し申すべく候

一、年期の内、長々病気いたし候節は日数年期末送りにて、屹度相勤めさせ申すべく候

一、年期の内、風邪気持ち悪しく、あるいは火に入り水に入り、首かかり、心中、身はらみ、頓死頓病、何様の横死つかまつり候とも、その身死に損に御座候、この方にて一言のしさい申しまじく候
万一、右女小路隠れなどつかまつり候はば、何どきによらず、本人、請人まかりいで尋ね出し相渡し申すべく候

もっとも奉公中、如何ようの御制道相成り候とも少しもかない御座なく候
かように相定め候上はいかようの勝手御座候とも、おいとま申し受けまじく候
この者年期の内、理不尽にひま願い候はば何時なりとも親、受人まかりいで、年期の通り屹度相勤め申させべく候、その旨一言のしさい申しまじく候、後日のため勤奉公人請状よってくだんの如し
慶応元丑年7月27日

当所請人  山本屋伊右衛門  印
親  小枝 栄助  印
親類  弘前一番町 中村屋吉太郎  印
奉公人  さよ

中村屋喜右衛門殿

まことに念の入ったもので、あきれかえるばかりだ。完全な人身売買である。楼主にたいする抱え女、そしてその親の条件というものが何もない。ドレイ市場と同じだ。このようなことが、わずか90年前には、何の不思議もなく公然と行われていたのである。

楼主の都合でどこに売り飛ばしても勝手、首かかり、心中、身はらみ、頓死頓病、どんな死に方でも本人の死に損だと申し入れられている。金のためとはいえ、いかにもあわれだ。

請状は年季があければ本人に返すものだが、年季中に本人が死ぬと、これを棺桶に入れてやるならわしだった。中村さんが廃業する前にも、抱え女のうち深浦の女が一人、十三(市浦村)の女が一人死んだが、請状を入れてやったそうだ。この一枚だけどんなわけで残ったのか、合点がいかないと語っている。

それにしても10両の金を盗むと獄門という時代に、20両という身代金だから、よほどの上玉だったろう。おそらく彼女さよは中村楼で最高の美人であったと思われる。

さて、砕いていきましょう。

まずは奉公人の名前と年齢。面白いことにキリシタンではない旨を冒頭に述べていること。当時の文章スタイルがどのようなものであったのか分かりませんが、幕末かつ青森県にも関わらず禁教の潔白を明らかにしています。そして奉公年月。このあたりは非常に簡潔&明瞭ですね。

一、年期の内身請など御座候はば御勝手次第に御相談なさるべく候、この方にて一円かまい御座なく候、なおまたその節無心がましき儀は毛頭申し上げまじく候


年季中(遊郭に勤めている期間)に身受け(借金を弁済してもらう代わりに買われること。多くの場合、妾として買われる)があった場合、勝手に相談してもらって構わない、またその際、無心する(金を要求する)などは一切言いません。

一、年期のうち旅渡り、年期請前方につかはし候ともかまい御座なく候


不明

一、右子供かけ落ちなどつかまつり候はば、御定法仰せられの通り、年重ね3ヶ年期つかまつらせ、その上失せ物などは申すにおよばす、何品によらず右女どもにたずねだし、屹度相渡し申すべく候


さよが駆け落ちなどした場合は、年季をさらに3年積み重ねる。物がなくなった場合は言うに及ばず、何事でもさよに聞き出し、必ず返答させる。

一、年期の内、長々病気いたし候節は日数年期末送りにて、屹度相勤めさせ申すべく候


長期間病気をした場合は、その分、年季の期間を後ろ倒す。必ず勤めさせます。(身元保証人への約定か?)

一、年期の内、風邪気持ち悪しく、あるいは火に入り水に入り、首かかり、心中、身はらみ、頓死頓病、何様の横死つかまつり候とも、その身死に損に御座候、この方にて一言のしさい申しまじく候
万一、右女小路隠れなどつかまつり候はば、何どきによらず、本人、請人まかりいで尋ね出し相渡し申すべく候


年期の内、風邪気持ち悪しく(→不明)、焼死、溺死、首かかり(→不明)、心中、妊娠、急死、どのような不慮の死であっても、自分自身の損である。一切反論は致しません。
万一、逃走などしたばあいは、いつ何時でも、本人(?)、身元保証人が参上して聞き出します。

もっとも奉公中、如何ようの御制道相成り候とも少しもかない御座なく候
かように相定め候上はいかようの勝手御座候とも、おいとま申し受けまじく候
この者年期の内、理不尽にひま願い候はば何時なりとも親、受人まかりいで、年期の通り屹度相勤め申させべく候、その旨一言のしさい申しまじく候、後日のため勤奉公人請状よってくだんの如し


奉公中、どのように政道(政権?)が変化しても、請状は変わりません。
どのような理由でも解雇された場合はお受けします。
年季中、理不尽な理由で休暇申請した場合は、親と請人はいついかなるときも参上して、年季の通り勤めるようきつく言い聞かせます。その際、一切の反論を致しません。
後日のために請状は以上の通り。

かたちの上では、身売り側(女本人、身元保証人、親)から申請された書類ですが、完全にフォーマットに則った儀楼主都合の契約書ですね。
妓楼主の権利と、身売り側の義務しかありません。非常に興味深いです。

この契約書を読んで憤りを覚えた方も多いことでしょう。また、封建時代の当時だからこそこのような理不尽な契約も成立したのだと納得した方も多いでしょう。同感です。

ただ、賃貸契約されている方は、是非、契約書を改めて眺めてみてください。
家主の権利と、借主の義務しか書かれていないはずです。

時代が変わってもいくらでも理不尽なことが当たり前に罷り通り、しかも厄介なことに当時はそのことに気づかないのです。

話が逸れてしまいましたが、不明点、あてづっぽうな意訳も多くなってしまいました。不明点・間違い等ご指摘いただければ幸いです。

「青森県鰺ヶ沢:新地町遊郭16「新津軽風土記 わがふるさとより引用2」」への8件のフィードバック

  1. 「年期のうち旅渡り、年期請前方に~」は、「年期中に別のところに移動させられても、年期が明ける前にどこに派遣されてもかまいません」ってことじゃないでしょうか?ご確認くだされ~。

    1. うおおお。なるほど!!!「つかわす」→「遣わす」の字を当てればなるほど納得です!!
      ただ、「年期請前方に」がまだ判然としません。
      「請前」と書いてあるので、年季が明けるではなく、「年季奉公として請け入れる前」だと思うんですよね。
      案としては「年季を請ける前の方」、つまり以前の抱え主のところへ使わされてもOK、ってことじゃないかと。
      いかがでしょうか?

  2. あと考えられるのは「年期奉公を受ける前に前倒しでちょい早く勤めてもオッケー」ということかな。「年期請、前方に」なのか「年期請前、方に」なのかも判然とせず。古典に強い友人にも聞いてみますね。

    1. そうですよね。
      どこで区切るのか?は私も迷いました。是非、ご友人のアドバイスもいただけると嬉しいです。

  3. 友人が「旅渡り」について調べてくれたので、そのままお載せします。「文脈から旅に違う意味(例えば旅人相手の遊女稼業の隠語とか)がある気がして随分調べたけどみつからなかった。同じ用例がありそうだけどね。渡りは沢山みつかったよ。江戸風俗語辞典「交渉、心付け、割前」江戸語辞典「1渡すこと、給金の支給、2交渉、話し合い、3祝儀」
    江戸期は渡りの用例で場所を移すものはあまりなくて、明治に入ってから場所を移す意味が加わるみたい。そうすると通常の商売以外に旅人相手に稼いだチップは話し合いで取り分を決めましょうってことかな。
    同じく江戸語辞典の用例で逆旅とかいてたびやと読ませる文。「逆旅傀儡の風色(たびやおじゃれのふうしき)旅籠屋の遊女の風情の意」とありました。そうすると旅籠屋遊女になった際の給金は後で決めましょうかな?」

  4. 後半についてはよくわからないようです。
    近世文学の先生ならアッサリわかることなのかも。お邪魔しました~。

    1. papiさん、わざわざありがとうございました。
      「江戸期は渡りの用例で場所を移すものはあまりなくて」が鍵になりそうですね。

      ↑と反するのですが、こんな文が。
      http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1219714102
      「旅渡り」
      旅行先でバイトをしながら、旅行を続けること。
      つまり寅さんみたいな渡世をいうのでしょうが、この意味はすごくしっくりきました。

      もう一度考えてみました。
      一、年期のうち旅渡り、年期請前方につかはし候ともかまい御座なく候

      年季中に旅渡りになる場合、年季(=借金)は、請前方(以前に請けた店、つまり、今契約している妓楼主)に遣わ(請求さ)れても構いません。

      如何でしょう?契約内容から逆算する形で、むりやり文章に意味を嵌めた感がありますが、「旅渡り(娼妓渡世)」、「年期(年季が転じて借金)」「請前方(以前の身請け先)」「遣わす(請求)」と考えると意味が通りませんか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA