青森県鰺ヶ沢:新地町遊郭22「冬季間の遊女出張サービス」


鰺ヶ沢町史 第2巻(1984年)から引き続き引用です。
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(3)雁鍋の由来
鰺ヶ沢の遊女が旅船の来ない冬場に大挙して大鰐・蔵館方面へ出かけたことは『弘藩明治一統史』に記され「雁鍋(がんなべ)」の名の起こりとされている。

娼妓ハ昔より慶応の度迄青森、鰺ヶ沢、深浦而已(のみ)にして他になし(中略)重んずる所ハ旅人と船の舟子(筆者注、かこ=船頭)を相手にするを本意とす(船頭ハ津々浦々に妾を抱え置く)(中略)我が深浦、鰺ヶ沢の娼妓10月より翌春2月中迄旅人井船々往来なき故客なし
因(よっ)て大鰐、蔵館の温泉へ来り
浴客を相手に商う
之(これ)を異名して大鰐、蔵館の雁と称す秋去りて春来る故なり

読んでいただければ、船の往来が無い期間、温泉で賑わう大鰐、蔵館へ遊女が主張し、それを雁に喩えているのがお分かりいただけたかと思います。「雁行」という言葉にあるように、雁は群れで飛行します。陣形にも使われる三角形になって飛ぶアレですね。その様があたかも遊女が大挙して冬から春までの期間やってくることに喩えたのでしょう。
面白いですね。

とはいえ、「雁鍋」の「鍋」はどこに言ってしまったのか…?町史ではその点は分かりませんでした。
大挙してやってきた雁(遊女)をまとめて食べて(性交して)しまおう、ということでしょうか…?

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