新潟県同市:鏡橋マーケット2「殿山泰司『三文役者のニッポンひとり旅』より引用」


さて、鏡橋マーケットを取り上げる上では、「鏡橋マーケット」とはなんぞや?をご説明しなければならないのですが、いきなり座学から堅苦しく入るのも興ざめなので、少し面白い著作を引用し、イメージを膨らませてみたいと思います。

役者である殿山泰司(1915-1989)氏の著作に鏡橋マーケットについての記載があります。

『三文役者のニッポンひとり旅』(1977年、白川書院)P257から引用
00.jpg

「(略)秣川通りってとこへいったんだ、オンナがいるってきたからさ。まぐさ川てんだから昔あ馬に秣でも喰わした場所じゃねぇかな。タクシー降りてみたら、(略)花園街を大きくしたようなとこだったな。店の前にオンナがでれーんと腰をかけてやがんだ。イクラだってきいたら、ビール1本と3品付きで3000円だっていうんだ。それで2階へ上がったんだよな。きたねえ狭い階段で花園とそっくり。友だちとべつべつの部屋かと思ったら、これが同じ部屋なんだよ。3品たって、シュウマイをフライとガムみたいに噛み切れない貝の酢の物とキュウリの漬もの。シュウマイをフライにするやつがあるかってんだ、だけどまあ3品にちげえねえや。そんな物はたべねえんだからどうでもいいけどさ、ビールを飲んでたらオンナが俺のチャックをはずして、チンポ引っぱり出してしごいてくれたんだけどね、(略)素直に立ちやしねえやな、友だちだって同じこと。そしたらオンナがね、ペッペッと俺のチンポにツバをしっかけやがってゴシゴシやりながら、立たないときはこれが一番いいのヨってやんだけどよ、(略)」

とあります。この会話は殿山氏の友人が、鏡橋マーケットの赤線を訪れたときの出来事を述べているシーンです。

いくつか興味深いことがあります。

「秣川通り」とは、鏡橋マーケットの存在した場所です。

「馬に秣でも喰わした場所」と書いてありますが、実際、wikiによれば秣川の由来は秣(馬に与える草の総称)が生えていたことだそうです。

「花園街」とは、おそらく新宿ゴールデン街のことを指しているのでしょう。

「2階へ上がった」これはちょんの間が存在する飲み屋街の定番です。2階で本来の営業を行うためです。これを逆に言えば、見かけ上、いくら怪しい場所でも1階建ての飲み屋はちょんの間は有り得ない、ということです。分かりやすい場所で言えば、青森第三新興街のつくりが2,3階建てとなっています。

「シュウマイをフライ」友人はシュウマイをフライにすることに怒りを覚えているようですが、このメニューが事実だとすれば、間違いなく日持ちをよくするため、あるいは少し腐りかけだったため、シュウマイを火を通したのでしょう。飲み屋の雰囲気推して知るべしという内容。こういったディテールに触れているのは非常に大事ですね。

「ペッペッと俺のチンポにツバ」これが鏡橋マーケットが赤線であったことの如実に述べている箇所。そもそも殿山氏の書き方として、こういった粗野で下品な言い回しを含んでいるので、全体を通すと、驚くに値しないのですが、やはり表現のどぎつさに、当時の鏡橋マーケットへのイメージが膨らむのを抑えることはできません。

いかがでしょう?イメージは拡がりましたか…?

「新潟県同市:鏡橋マーケット2「殿山泰司『三文役者のニッポンひとり旅』より引用」」への6件のフィードバック

  1. 更新お疲れ様です。

    殿山泰司氏の「ペッペッと俺のチンポにツバ」のくだり・・・・・
    我が家から近いようで遠かった「鏡橋マーケット」、漸くイメージすることが出来ました。
    何故だか我がことのように嬉しいです(笑)

    「秣川岸に怪しいところがあった」と四十代の方から聞いたのですが、比較的新しい時代まで
    こうした「営業」は行っていたのでしょうか?
    地図で確認すると多門ビル時代も、曰くありげな飲み屋が連なっていますよね。

  2. こんにちは。
    40代となるとどのような経験に基づく証言なのか難しいですね。
    戦後直後はとっくに過ぎていますし、親から「あそこに行くなよ」と注意半分に言われたことも当然有り得ます。
    また、40代の方が青年当時にもまだ残っていたとも考えられます。

    コレばっかりは証言者を押さえるしかないですね。

    ただ、中部のとある遊郭跡も、売防法からすでに50年が経過してもいまだ立ちんぼがたっているとの情報を最近得ました。街の淀みは思った以上に抜けないようです。

    もちろん売防法後は堅気として足を洗った遊郭・赤線跡も沢山あります。

    結局のところ、証言や新聞の(売春系の)事件欄といった情報で外堀を攻めていくしかないんだと思います。

    いやはや骨の折れる趣味ですねww

  3. 連投で失礼します。

    いやはや、どぎつい表現で…

    実は私、他門ビルにほど近い場所で育ったんですよ…そういう町だったと知ったのは割と最近のことなんですけども。

    当時玄関先にパイプ椅子出してすわっているばあさんは実際良くみましたね。
    中での出来事は知りません、ひなたぼっこかもしれませんしねw

    近所にいながら話はあまりでませんし、ネットでも情報がないところを見るとある種タブーな話題だったのかもしれません。

    なお、他門ビルは解体されましたが、湊町に集約移転されているはずです。そこに突撃インタビューするともっと当時の様子が分かるかも…私にはその勇気はありませんがw

  4. 貴兄に影響されて、「三文役者のニッポンひとり旅」を注文しましたよ。
    届くのが楽しみで楽しみで仕方ありません。

    1. この著作はどこにも載っていない赤線も記載されているので、実はかなり貴重な資料ですwww14番町のスナックも載ってますよ~

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA