特別企画「小沢昭一『珍奇絶倫 小沢大写真館』」跡を歩く


ここに一冊の本があります。

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小沢昭一『珍奇絶倫 小沢大写真館』(1974、話の特集)という著作です。
小沢氏が自ら撮影した都内の赤線跡の貴重な写真が数多く収録されており、非常に資料的価値の高い作品です。

中でもとりわけ衝撃的なページがあります。

引用します。
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この後に数ページ続きます。全部お見せできれば良いのですが、全て掲載してしまうと引用の範囲を超えていると遊郭部なりに判断しました。なにより小沢氏の創作性の大きさに敬意を払い、全ての引用は差し控えました。
ご興味のある方は是非、ご購入してご覧いただきたいと思います。(アマゾンへ

結局の話、この後、何が書かれているかというと、このページに続けて狭い路地に少しずつ少しずつ、カメラを構えた小沢氏が入りこんでいくと、そこには外連味の強い女郎屋が表れるという趣向です。

カメラが人の目線で入り込んでいくという単純な演出に過ぎませんがあまりにも衝撃的でした。

今回はこの場所を特定してみたいと思います。

 

■まずは当時の位置を特定

下は数ページ後に表れる女郎屋の玄関を移した写真です。
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表札に「吉田寅吉 コウ」
住所は「23-18」とあります。

これはヒントになりそうです。

まず住所。仮に品川宿旧東海道と仮定すると、成立する場所は北品川1丁目しかありえず、結果的に「北品川1丁目23−18」となります。

江戸時代は海だった低地へ、階段を四、五段おりると

2丁目以降が成立する可能性ですが、上記のように記載されているので、「北品川1丁目23−18」で、ほぼ間違いありません。(旧東海道は海際ギリギリを通っていました。)

裏付けをとる!

裏付けをとるために、国立国会図書館と品川区立図書館をかけずり回って、やっと住宅地図を手に入れました。

そもそも住宅地図は1960年代から作られ始めました。従って入手できる最古の住宅地図は1960年になります。

品川住宅地図(1960年、住宅協会地図部)から引用します。
品川1960_1024.jpg

もう一度、小沢大写真館のページを見てヒントを探しましょう。
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蕎麦屋と菓子屋の間に。

とあります。
菓子屋の看板をよく見ると「多田野菓子店」と書かれています。となりの蕎麦屋は左読みで「からお」でしょうか?

蕎麦屋は不明確なので、とりあえず「多田野菓子店」を探せば何とかなりそうです。

多田野菓子店…

多田野菓子店…

多田野菓子店…

■多田野菓子店を発見!

ありました!赤く着直しました。ここでビンゴですね。現在の「北品川1丁目」の位置にあるので間違いなさそうです。
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ここで表札を思い出してください「吉田寅吉 コウ」と書かれていましたね。地図を見る限り、吉田姓がありません。

 

時代を下ってみましょう。

分かりやすくするため「多田野菓子店」には赤く着色します。

1961年:住宅地図が存在せず
1962年:1960年と同様。変化なし。

そして1963年。
品川住宅地図1963小.jpg

「麻尾」、「多田野」、そして、「吉田」さん発見!!

3軒が纏めて書かれていますが、隣の「酒(?)谷」との間に隙間が描かれています。ここが小沢氏が入り込んだスキマです。

1968年。
住所的にも、赤い区系の上に「18」と記載され、ここが当時の「北品川1丁目23−18」であることが確定します。これでもう間違いありません。当時、小沢氏が来たのはこの場所です!
1968_1.jpg

行方不明の吉田さん

しかし不思議なことが発生します。住んでいたはずの「吉田」さん邸が描かれていません。引っ越してしまったのでしょうか?さらに時代を下ってみましょう。

1968年から1978年まで大きな変化はナシ。(1979年は欠本)

1980年の地図です。変化が現れました。「吉田」邸が現れました!引っ越していたわけではなさそうですね。
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なぜか、このタイミングで「吉田」邸が地図上に現れるのでしょうか?

もう一度「住宅地図」について調べてみましょう。

国立国会図書館の設ける「リサーチナビ」に以下のように書かれています。

住宅地図とは、建物名や建物ごとの居住者を記載している地図の総称で、「航空地図」「明細地図」などと呼ばれることもあります。
表札や郵便受けによる調査なので、土地、建物の所有者を示すものではありません。編集等の都合上、土地の境界や建物の形状が実状と異なる場合があります。

赤字にご注目ください。住宅地図への勝手なイメージで、住民票あるいはそれに類する公的な情報から作成されているものと思い込んでいましたが、ものすごくアナログな方法を用いて、情報収集→作成されているようです。

可能性としては、吉田邸があまりにもわかりづらい場所にあるために、調査年代によっては漏れてしまったのではないかと思っています。

それを示すかのように、これ以降の年代でも吉田邸は描かれたり端折られたりと制作年代によって異なる取り扱いを受けています。

現代ではどうなっているのか?

現代ではどうなっているのか、やっぱり気になりますよね?

さて、この場所を現代の位置で確認してみましょう。現代地図では、1974年(出版年基準)の小沢氏はここから撮影したことになります。

2012年現在と当時の写真を並べてみます。可能な限り、当時の小沢氏と同じアングルを再現してみます。

2012年の写真。
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小沢氏の写真(1974年以前)
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再現

赤線研究の大先輩であり、当時、資料性と独創性の高い写真を撮影した小沢氏に敬意を表し、約半世紀後の今、遊郭部が再現してみます。

■1.品川の旧東海道。ビルと居酒屋の間に。
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■2.人ひとりがやっとの、狭い路地すらない。
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■3.このスキマには、もはや降りることはできず、降りた向こうから眺めると、江戸時代は海だった低地が残っており、
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■4,奥の突き当たりの家のそばには、
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■5.なにやら位置を示すような石杭のみ。アレモウ肩身がせもうござんすわいなあ。
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小沢昭一さんが歩いてから約半世紀。当時の名残を残すものは、江戸時代の海岸線しかありませんでした。

楽しんでいただけましたでしょうか?

おわり。


珍奇絶倫 小沢大写真館 (ちくま文庫)

「特別企画「小沢昭一『珍奇絶倫 小沢大写真館』」跡を歩く」への4件のフィードバック

  1. すごいすごい!写真だけでなく文章にも引き込まれ、読み進めて行くうちにドキドキしてきました。読み終えて貴殿の情熱に感動となぜか清々しさを覚えております。

    1. お読み頂きありがとうございました。品川の住宅地図は1960年辺りから40年分くらいをひたすらコピーしました笑。今となってはいい思い出です。

  2. 初めて投稿します。
    私も文庫版を購入しました。
    ラジオの長寿番組の印象が強かった彼の、生前撮った写真の数々を興味深く拝見させていただきました。
    一見するとキワモノの写真も、見方を変えれば当時の風俗を写した貴重な写真だなと感心させられます。
    それにしても地図を駆使してまで1枚の写真に映し出された痕跡を探求する姿勢には頭が下がります(あの狭い隙間にぶち当たったら、普通は凹みます)。

    1. こんにちは!
      私も拙いながらも写真で記録しているので、小沢昭一氏の凄さを痛感することは少なくありません。

      まず、小沢氏の凄さは写真の「顔出し」に現れていると思います。

      プライバシーに疎かった時代が許した部分も多くを占めると思いますが、いわゆる影に生きる人たちが顔を写すことを許したのは、小沢氏のコミュニケーション能力なくして有り得なかったと思います。

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