山形県東置賜郡:高畠町遊郭8「娼婦渡世として」


高畠町遊郭の項は、このタイトルで締めくくりたいと思います。

その足で近所にある高畠町立図書館にやってきました。
目的は高畠郷土史から遊郭跡を特定するためです。
何かしら遊郭関連の資料が残っているかもしれません。

それらしい資料は無いので、ともかく高畠町史を拝見することにしました。

遊郭関連の資料が1項だけ残っていました。
(複写サービスをお願いしましたが、どうしても中央が黒写りしてしまうので、訳を説明し、カメラで撮影させて頂きました。)
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『高畠町史・下巻』(1986年、高畠町史委員会編)
第1章第9節「補筆・特筆」(6)娼婦渡世資料からの引用。
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諸々書いてありますが、つまりは…

  • 明治9年(1876年)作成
  • 高畠村戸長(細谷善助)から山形県参事(薄井龍之)宛へ提出
  • 高畠町に寄留(※一時在留すること)した娼妓リスト
  • 記録対象期間は明治8年1月1日〜同年12月30日

の届出記録です。

一部を抜き出すと…

  • 娼婦渡世 タケ 19才 宮城県 士族二女

まず「娼婦渡世」という言葉が目を引きます。
「娼婦」を生業として「渡世」しているということでしょうが、「娼婦渡世」とは何とも凄みを感じますね。

年齢、出身地、実家の職業、続柄までも添えられています。

結論として、娼婦19人、娼家4軒存在したようです。

現代人からすると、書き方がかなり見づらいので、娼妓と娼家を別々に引用してみましょう。(テーブルに纏めた方が見やすいのですが、雰囲気を残したいので書き下します)

まずは娼家。名前の後は高畠町(村)での住所です。

  • 相田与五右ェ門 32番地
  • 井田仁左衛門 4番地
  • 相田三五郎 26番地
  • 井上忠左ェ門 68番地

続いて娼妓

  • 娼婦渡世 タミ|17才|山形県村山郡老ノ森村|不明二女
  • 娼婦渡世 タケ|19才|宮城県|士族二女
  • 娼婦渡世 トシ|19才|置賜(現山形)県宮内村|雑養女
  • 娼婦渡世 セン|21才|山形県村山郡高湯村|農二女
  • 娼婦渡世 きみゑ|24才|宮城県柴田郡川崎村|農長女
  • 娼婦渡世 とち|17才|山形県村山郡東根村|農二女
  • 娼婦渡世 もと|21才|水沢(現岩手)県前沢村|農長女
  • 娼婦渡世 タマ|19才|置賜県堀金村 |農二女
  • 娼婦渡世 スマ|24才|宮城県柴田郡槻木村|農長女
  • 娼婦渡世 キクエ|21才|置賜県糠ノ目村|不明養女
  • 娼婦渡世 マサ|22才|山形県村山郡椹沢村|不明二女
  • 娼婦渡世 トラ|23才|新潟県蒲原郡水原東條|農二女
  • 娼婦渡世 カツ|20才|山形県村山郡釈迦堂村|農二女
  • 娼婦渡世 キヨ|22才|新潟県蒲原郡弁天嶋村|不明妹
  • 娼婦渡世 イク|20才|新潟県新潟新町8番町253番地|商四女
  • 娼婦渡世 ナカ|23才|新潟県新潟久保町|商二女
  • 娼婦渡世 タケヨ|23才|山形県灰塚村|農娘
  • 娼婦渡世 リナ|22才|山形県村山郡山寺|農娘
  • 娼婦渡世 フミ|13才|宮城県伊具郡角田本郷|商妹

気になった所に着色してみました。この女性たち、というよりも、女の子たちには名字がありません。代わりに、娼婦渡世として頭に刻まれています。

最年少は13才から「娼婦渡世」としての肩書きを背負って生きたのですね。
言葉になりません。

最年長は24才。現代の24才といえば、うら若き女性ですが、当時の24才しかも貧しい状態とあれば、相当くたびれた状態だったのでは無いでしょうか…。

出身地は隣村が多いですが、遠くは新潟県からも。赤字の新町はかなり具体的ですね。
町村合併しているでしょうが、資料さえ見つかれば場所を特定できそうです。(引き続き調査中)

職業は農(=農家)が殆どですが、没落した士族や商家さえあります。

続柄は圧倒的に二女以下が多い中、長女もおります。極貧の農家だったのでしょう。

この女性たちが、仮に運良く60才まで生きたとして、亡くなったのは1915年頃。
既に100年が経ちます。

おそらく、この子たちの名前が記録上に現れたのは、これが最初で最後だったのではないでしょうか。しかも哀しいことに娼婦渡世として。

町立図書館の郷土資料コーナーでこのリストを見たとき、名状し難い想いが込み上げました。
せめて、この子たちの生きた断片を電子化したい、そう思いました。

新潟県新町8番町256番地、商家出身でイクという四女がいた。
貧しさゆえ、女衒に連れられて高畠遊郭に売られてきた。
娼婦渡世イクという女性は、この後、どのような人生を送ったのでしょうか?

既に歴史の塵芥となり、もう知り得ません。

いつか新潟新町の住所を尋ねたい。そこでイクの目に映っていたであろう山の稜線を、自分の目にも映したい。そう願いながら、高畠町遊郭の項を閉じます。
最後までお読み頂きありがとうございました。

  • 訪問日:2012年4月

※追記(2012年11月14日):真偽不明であった恵比寿楼を追加取材しました。記事はこちら
※追記(2012年11月24日):昭和14年に編集された東置賜郡高畠町史を確認。遊郭に関する記載なし。
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