山形県東玉置郡:高畠町遊郭7「遊郭さがし」


前項での遊郭跡探しが芳しくない状況なので、もう一カ所、気になった地点に赴いてみます。

ここです。
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ちょっと道路が太くなっていますよね。
遊郭区画は区画整備で廓型が無くなっても、幅員の広さだけが残り続けていることがよくあります。ともかく向かってみました。

下の「旅館エビスヤ」があるのも気になりますしね。
折角なので見ておきましょうか…。

はい。ここです。白赤のガードから向こうが広くなっていますね。
奥のアスファルトなど、かなり真新しいです。こりゃぁ完全に空振りですね…。
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でも右手に写り込んでますが、常夜灯があります。奥には神社。元は古い道路が、高畠町総合交流プラザの建設に併せて幅員拡張されたようです。

このとき既に敗戦ムードまっただ中で、とぼとぼと歩いております…。

ついでにもう少し歩きましょう。
伊達に頻尿稼業やってきたわけじゃなりませんよ!

これが地図上に載っていた「旅館エビスヤ」ですかそうですか。
わー新しくて奇麗な旅館ですね(←棒読み)
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もう連戦連敗です…。帰りたいよママン…。ラ・フランス(ミルクケーキの方)買って帰るねママン…。

と、ここまで記事を書いていて、脳の奥が痒くなってきた訳ですよ。
頻尿の症例じゃないことは確かです。

(゜д゜)ウヴォァ?!

以前の投稿で引用した『全国遊廓案内』の高畠町遊廓には確か…。

税も含んでいるからこれで1泊が出来る勘定だ。妓楼は恵比寿楼と椿楼

妓楼は恵比寿楼椿楼

∩( ・ω・)∩ ばんじゃ~い 

『恵比寿楼』とはまさにここの可能性が高いですね
家屋は新しいですが、この寂れた街で新規で旅館を開業する可能性も低く、もしある程度、歴史のある旅館なら、わざわざ妓楼と同じ屋号を付けるとは思えません。
また、敷地が広いのは土地を所有しているからで、新規に建てるならもっとコンパクトで効率的なビル形式にはるはずです。
こちらが『全国遊廓案内』に掲載されている恵比寿楼の現在の姿なのではないでしょうか?!(ご存知の方がおられましたらご一報願います)

こちらのブログを書いているのはもちろん帰還後。取材中は「恵比寿楼=エビスヤ」の可能性に全く気がつかず。
今更、旅館の方にお伺いできればなーと後悔しきりです。

地図上で「旅館エビスヤ」の左側を南北に通る道路がまさしく融雪設備が埋設されており、前項で「いかにも古そう」と述べていた道路でした。

全国遊廓案内には

高畠鉄道高畠駅で下車すれば南へ3丁の地点である

とありますがこの辺りを指していたのですね。

この時代の書物で良く思うのは「南へ」とありますが、コンパスを持たずに、方角をどのように確かめていたのか?ということです。

結局、太陽の位置や、通常南側から採光する家屋の間取り等、だいたいの目算を用いているだけに過ぎないのではないでしょうか。

今回の高畠駅で言えば、右下側に伸びる道路も、現代地図では「南東」ですが、当時の感覚としては駅を背にして「正面南」との認識になり、「南へ3丁」との記載に至ったのではないかと思われます。

まさに、駅から斜右下へ伸びる道路を道なりに「南へ」進むと今回の「旅館エビスヤ」へ至るのです。

絶対的な核心はまだないのですが、高畠町遊郭の過去を紐解く一助になれたとしたら嬉しく思います。

取材当時は完全に空振りだと思っていたので、写真もあまり撮っていません。
「旅館エビスヤ」の写真も1枚のみ。とはいえ、撮っておいてよかった…。
無駄になっても構わないので、撮影しておくに越したことはないですね。実感しました。

さて、訪ねた時点では空振りとの認識だったので、近所の図書館に行くことにしました。
郷土資料を見れば、さらに何らかのヒントがあるかもしれません。

つづく。

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