【廓メシ Vol.1】寿司屋:満す美寿しでちらし寿司を召す


今回から始まった企画、「廓メシ」。当企画では吉原周辺の飲食店をレポしていきます。

記念すべき第一回に足るお店といえば、こちらをおいて他ありません。
「満す美寿し」です。
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東京都吉原:吉原遊郭「廓唯一の酒場で婆さんに接吻されてきた」


吉原遊郭の廓内に唯一の大衆酒場があります。

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福島県小野新町:殿町遊郭12「折檻蔵」


郷土史研究グループの方のお宅を教えて頂いたものの、いっこうに見つかりません。

「この前の通りをちょっと進むと突き当たりに○○さんというお宅があるから、そこの□□ちゃん家だよ」(□□は下の名前)

この辺りでお話を伺うと、50代以上の男性同士に関わらず、近所の方を下の名前、かつ、ちゃん付けで読んでいる場面に出くわすことが多かったです。小野新町の特徴なんでしょうか?

どうにかして、お宅を見つけましたが、突き当たりでもなし、ちょっとの距離でもありませんよ。遊郭探しあるあるですけどね…。ええ。

にしても暑いです。お腹が減りました。どこかオツな定食屋はありませんかねぇ…。

お。弁当屋なのかうどん屋なのか分かりませんが、ともあれ「小紋」に入りましょう。細けぇことは…。
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中のおばちゃんに聞くと、営業は終わってしまったそうです。なのですが遊郭部が余程ひもじそうに見えたのか、余り物で作ってくださるとのこと。いやーありがたい…。

ご飯マダァ?(・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン

おー!余り物なんてとんでもない。おいそーな弁当ではないですか。いただき万上旅館@鶯谷!

本来の値段は分からないのですが、500円でいいよ、とのこと。申し訳ないような嬉しいような。もぐもく…。
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女将さんとお話しして、こちらの目的を告げました。すると電話帳で調べて郷土史研究グループの方をご紹介してくださいました。食事の世話から遊郭探しの世話まで、何から何までお世話になってます。もぐもぐ…。

しばらくの後、郷土史研究グループのお二人がわざわざ車で来てくださいました。

そのうちのお一人は前項で述べた酒屋さんのご主人。なんとあのアルバムを図書館に寄贈した方でしたよー。

遊郭のことを諸々話したのですが、やはり郷土史研究グループの方でも気になっているとのこと。とはいえ、なにせ地元のセンシティブな話題なので進めあぐねているのだとか。

確かに、この町における遊郭跡がセンシティブな案件であるという印象は、遊郭部としても抱いていました。

前項で目抜き通りのお宅を聴き込みした、と述べましたが、実はこのとき、遊郭経営者の子孫と思われる方ともお話ししました。(名字が合致していたので。)

いきなり「ここって遊郭でした?」なんてストレートに伺うことはできないので、「この辺りの近くに遊郭がありましたか?」という、少し遠回しな言い回しをしました。結果的に先方から「ここがそうでしたよ」という答えは最後まで帰ってきませんでした。

周辺のインタビューと併せて、小野新町遊郭周辺から受けた印象としては、決して過去は過去というあっけらかんとした印象は受けず、やはりあまり穿られたくないような反応でした。

郷土史研究グループによると、とある元妓楼の敷地内には「折檻蔵」があるという噂があるとのこと。ただし、撮影はNGと言われてしまいました。やはり地元のことなので、今ここで妓楼関係者の心証を悪くしてしまうと、調査に支障が出てしまうからだそうです。

撮影はNGでしたが、実際に公道側から拝見しました。遊郭部としての判断は、その噂は間違っていると思われます。

理由としては、蔵が道に面しており、もし仮に遊女の折檻に使うのであれば、声がだだ漏れです。地域によっては、現実に遊女を閉じ込める部屋は存在したようですが、その場合、地下であったりと隔離性が確保されています。

ちなみに山口瞳『血族』で、遊女に苛烈な扱いをしたことで有名な神奈川県柏木田遊郭も地下牢でしたね。

おそらくですが、子供のしつけ程度に出てきた噂では無いでしょうか?「言うこと聞かない子は、あの蔵に閉じ込めるよ」なんて。

しばしば遊郭・赤線について語られることの一つに

  • 過去は過去。隠すべきではない。

といった論調があります。

その是非を計ることに価値を感じないので、判断は各人にお任せするのみです。

ただし、もはやリタイヤし60代であろう現在の当主とは何も関連の無い、それこそ曾爺さんの時代に経営されていた遊郭について、近所には未だに「折檻蔵」という言葉が生き続けているという事実が、ここにはありました。当主本人も蔵にまつわる周囲の噂は聞き及んでいることでしょう。

「過去は過去」というのは外野の短絡的な考えに過ぎないのかもしれません。少なくとも全ての遊郭跡を一つの価値観で紋切りにするのは不可能ですし、何よりナンセンスです。

小野新町は、ご近所を「ちゃん付け」で呼び合うなどのご近所同士の近しさや、明治大正期の住宅地図に載っている家系がそのまま残っていること等から、比較的、地域社会の結びつきの強い土地かと思います。過去を含めて、お互いがお互いを知っている。そして、その結びつきの反動として、他の土地と比べて過去は容易に洗い流せないものとして残り続けるのかもしれません。

今回の「折檻蔵」の件は、遊廓・赤線というセンシティブなものを扱う上で考えさせられる出来事でした。

資料を親身に探してくれた小野町立図書館の司書の方、話に応じてくださった住人の方、ご教授くださった郷土史研究グループ、お弁当などお心遣いいただいた小紋の女将さんに、この場を借りて御礼申し上げます。

福島県小野新町、殿町遊郭レポートは以上です。

東京都吉原:吉原遊郭「トルコ嬢のいる喫茶店オンリー」


吉原遊郭の近くにある喫茶店「オンリー」へ行ってきました。
遊郭でもないのに何故このようなところに行ったかというと…
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