京都府西舞鶴:朝代遊郭5「元妓楼ストリート」


遊郭区画の中に「霞月旅館」さんがあります。
西舞鶴駅で出発する時に用いた地図の目的地に設定した地点です。
とりあえず霞月旅館へ向かってみましょう。
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京都府西舞鶴:朝代遊郭2「遊郭入り口の橋とその袂」


地図で分かる通り、遊郭の区画は川と山の裾野の間、三角地帯にあります。(「朝代」の文字がある辺り)
川(運河として使用されていたらしいです)で、ある程度隔離されていたんですね。
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京都府西舞鶴:朝代遊郭1「西舞鶴駅」


降り立ちました西舞鶴駅。西舞鶴の1月は思ったよりも寒いんですね。
真新しい駅舎。得てして評判が芳しくない最近の駅舎デザインですが、遊郭部は割に好きです。デザインに関して言えば「現代と寄り添う」って大事ですね。懐古的な人間が言うのもなんですが…。
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東京都吉原:吉原遊郭「怪しい情報喫茶に行ってみた」


吉原を探索していると情報喫茶という名を掲げた喫茶店が多く目につきます。
一見して気質(かたぎ)の喫茶店ではないのですが、存在意義としてはいわゆる紹介所です。

江戸時代の吉原には引手茶屋があり、客を妓楼へ案内する役目を果たしていました。
乱暴な言い方ですが喫茶店はそれに相当します。
(引き手茶屋は客の案内先が決まっていましたが。)

紹介所と言ってしまえば身も蓋もないですが、歓楽街にありがちな紹介所然とした形式ではなく、江戸時代から連目と続くキーワード「茶」を媒介とするシステムが生きています。

人間の動物的な欲求と、対する倫理規範的な公安との脆く微妙なバランスの上に、吉原開設以来約400年、「お茶システム」が連綿と続いている理由は何でしょうか。考えるだに風情ですね…。

とはいえ、法律的な位置づけで言えば、吉原のソープランドは風俗店ではなく特殊浴場、結局は「浴場」だったために、いわゆる風俗店の紹介所は成立せず、喫茶店のシステムが生まれたとも言えますが、「お茶」をキーワードにしていることは、引き手茶屋に通ずるものがあります。(現在は公衆浴場法が改正され、ソープランドは純然たる風俗店となりました)

ちなみに下記の喫茶店「星の王女様」は同趣旨のブログにしばしば掲載されているのですが、おそらく人気(ひとけ)がないためで、多くの喫茶店は客引きのおっさんやらおばちゃんが手ぐすね引いており、とても写真を撮影する雰囲気ではありません。ために掲載が集中してしまうのですね。
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廃業喫茶「吉原今昔春景色」…。風情ですねぇ…。
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一応、体裁を持たせるためか「コーヒー飲み放題500円」などと書かれている事もあります。
コーヒー目的で入ってみるのも乙かもしれません…。

■追記
2012年6月。吉原散策のついでに喉が渇いたので情報喫茶に「喫茶」目的で入ってみました。こちらが喫茶目的であることを告げると別段、嫌がられる訳でもなく、休ませてもらえました。アイスコーヒー1杯500円なり。

中は普通の喫茶店。数人グループの男性が斡旋を受けていました。しばらく待っていると、ぼかし等の無い写真を店舗の方が持ってきてくれます。(Webではぼかしが入ってます)予算と好みを告げることで数十ある店舗を見て回る手間を省けることが情報喫茶の存在意義のようです。

参考サイト:東京DEEP案内

東京都吉原:吉原遊郭「舞踊稽古所」


吉原の区画内に舞踊稽古所があります。
吉原に芸妓さんは居たんでしょうか?よく分かりませんが、他の場所で見るよりも何やら風情を感じますね。
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東京都吉原:吉原遊郭「旧屋号『マスミ』と『サークル甲冑娘』」


他の方のレポを拝見していなければ見逃してしまいそうな建物「マスミ」。
外壁にしっかり屋号が残ってはいますが、場所が違えばまさか赤線とは思われないほど、おとなしい作りですね。

両脇はアーチになっているようです。
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電線が邪魔でいい写真が撮りづらいです…。

Google Mapをみると「マスミ荘」となっていますから、転業後はアパートだったのかもしれません。マスミ荘の北隣に「川田皮漉所」というのも土地柄でしょうか…。さらに北側にある「サークル甲冑娘」…。気になって仕方がありません…。

  • 訪問日:2011年12月、2012年1月

東京都吉原:吉原遊郭「旧屋号『親切』」


木村聡『赤線跡を歩く1』P13に掲載されている屋号『親切』も2012年1月現在、現存しています。

『赤線跡を歩く1』と反対側のアングルから。4本のアーチと張り出したひさし。外壁は当時から白だったとは思えませんが、何色だったんでしょうね…。
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同じアングル。
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見上げてみます。
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現在は大和田荘となっています。(Google Mapにもしっかり載っています。)どうやらアパートへ転業したようですが、住居人はいなそうです。
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  • 訪問日:2011年12月、2012年1月